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★ 読書会の記録 ★
2012年

「クリスマス週間」
アントン・チェーホフ/作
2012年12月7日
 嫁いだひとり娘を心配する文盲の両親が人に頼んで手紙を書くという物語で、DVを思わせる描写もあり、深刻な問題が含まれつつ、クリスマスらしい明るさを感じる短編。
 今回はレポーターなしの読書会だったが、メンバーで話し合っているうちに読解が深まる楽しさを実感。特に、ロシアで長く生活していたメンバーの貴重な話もあり、発見の多い読書会だった。

「犬の人生」
マーク・ストランド/作
2012年11月16日
 夫が妻に結婚する前までは犬であったとカミング・アウトし、その頃の「犬の生活」を、繊細に、ゆったりと語るというお話。
 「犬であった」という事が、「人間というものを外から見ることができる視点をもっている」「以前は社会的にしがらみのない自由な過去を持っていた」というようなメッセージがこめられているのでは、等の意見がだされた。かなり短い作品でありながら、奥の深さを感じられた。

「ヘブン」
川上未映子/作
2012年10月26日
 登場人物である僕、コジマ、百瀬、三者三様の考え方から、この世界をどうみるかについて考えた。「視点を平面的から立体的にみることができたら、八方塞りの場面でも上は開いている」、という参加者の意見が印象に残った。
 著者、川上未映子の力量を感じさせるすばらしい作品

「変身」
フランツ・カフカ/作
2012年9月21日
 ある朝、目が覚めたら毒虫になっていた主人公。家族は世話をしてくれるが、主人公に対する嫌悪感はまるでゴキブリ扱い。
 主人公の立場、家族の立場がリアルに描かれていることをじっくり話し合った。毒虫になるという驚くような設定だが、実は、私たちが体験する様々な事柄と重なる普遍的な体験であることがわかった。ひとつの考えが正しいと伝える本と、多数の考えが同時に混在することを示す文学との違いも実感。さすが世界文学、読書会の醍醐味を味わえた。

「むしがいる」
(「蛇と月と蛙」より)
田口ランディ/作
2012年8月24日
 鳥インフルエンザの発生によって、ある家族に起こっ た出来事をベースに、原発事故後の今の錯綜する社会をある意味予言したような世界を描いている作品。物語中の人間の思考や行動を丁寧に読み取ることで現代的な課題がより浮き彫りになる。
 息子サンの存在がこの物語に光をさす(SONならぬSUN)役割を担っているようだ。ディスカッションでは、誠実な子どもには大人に見えないものが見え、直感的に物事の本質を見抜くところがあるという話で盛り上がった。健康的なサンによって、悪夢の中をさまよう主人公の母親をこの世につなぎとめ、むしを浄化する作用をしたこともうなずける。

「異邦人」
カミュ/作
2012年7月13日
 アルジェリアに住む主人公の元に、フランスの養老院から彼の母親の死を知らせる電報が届いた。養老院で母親の葬儀に参列するが、主人公は涙をみせなかった。翌日彼は女友達と遊び、普段と変わらぬ生活を送っていた。ある日友人のトラブルに巻き込まれ、正当防衛でアラブ人を撃ち殺してしまい裁判にかけられる。そして、検察や陪審員から母親が死んでも涙を流さないのは冷酷な人間であると言われ死刑を宣告される。
 自分の中にもあるステレオタイプの集団心理はとても恐ろしいと感じた。

「クマのあたりまえ」
魚住直子/作
2012年6月29日
 表題作を含む7つの物語がわかりやすい言葉で書かれている短編集。児童文学として出版されているが、読む人の年齢によって感じ方が大分違うのではないだろうか。
 印象に残ったという声が多かったのは『べっぴんさん』だった。”べっぴんさん”と周りから呼ばれるメスチドリは、オスチドリと出会い、話していくうちに周りに対して高飛車で独り善がりだったことに気づき、心の中に潜む弱さを知る。

「エンジン・サマー」
ジョン・クロウリー/作
2012年5月18日
 小説では、文明の後退により、文字も数もほとんどを失ったリトル・ベレアの人々が、豊かな精神文化を持っていることをリアルに描き出している。現代人に「無知を知れ」と言っているのだろう。また、批判するだけでなく、読者の成長を促す物語にもなっている。お金について、暴力について、仕事について、遊びについて、性について、ジェンダーについて。また、小説のあり方について、その構造やからくりを明かしてくれていること、個人的にはとても勉強になった。

「苦役列車」
西村賢太/作
2012年4月27日
 日雇い人足をする主人公の生活を描いているが、バブル前夜の時代、今とはだいぶ違う事情、タイトルから予測するより健康的で明るい印象の小説。主人公が周囲の人とうまくつきあえないのは、むしろある種の個性か。読書会で話をするうちに、主人公がだんだん違う人物に見えてくるのが面白かった。

「残光」
小島信夫/作
2012年3月16日
 妻や家族、文学について、作者は「今」感じていることをとりあえず書いてとりあえず書き終わっているように見えるが、読み終わった時生きているとはどんなことなのか、そして作者はどう感じているのか作品全体から滲み出てきたように感じられた。
 多面的に考え続けることが必須である今の世の中を乗り越えるキーワードがこの作品に隠されていたように思う。

「二百回忌」
笙野頼子/作
2012年2月18日
 “蒲鉾”は私たちが持つしがらみを表していて、壊すためにはフェミニズムの考え方が必要なのではないかと想像した。女性的視点と男性的視点の両方を併せ持つ作者の、独特な世界観が難解だが、おもしろい物語だった。

「夏草」
 (「普天間よ」より)
大城立裕/作
2012年1月13日
 沖縄戦で二人の子どもを亡くし、自分たちも助かる望みがないと思われる夫婦。でも、読書会では意外にも、彼らの持っている人間本来の生命力と文化の力に励まされた。「妻の姿は、人間として本来あるべき姿だと思う」という意見が印象的。


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